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ぼくの余命は実質10数年ということになる@TED 2014.05.12 HidetakaNagaoka登壇を見て

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TEDロゴ

仕事や勉強をしていると、「自分の時間」が全然ないように感じませんか?

しかしよくよく考えると、日々なんとなく過ごしていると、わからなくなる。

というか認識していない。

この「なんとなく」認識している「自分の時間」を再認識というか、ちゃんと認識できた登壇だった。

動画

ぼくが見たのはこの動画です。

時間という財産: Hidetaka Nagaoka at TEDxSaku

www.youtube.com

時間を「認知」する

「時間 = 財産」である。

日常の時間を計測する。
その概算がこれ。

行動 時間(H)
勤労・勤勉 8
睡眠 6
食事・サニタリー 3

これを計算し、24Hに当てはめるとこうなる。

行動 時間(H)
合計 17
残り 7

改めて時間にすると衝撃的である。

「自分の時間」というのは、概算値で7Hしかない。

同時に、1日の中に7H程もの自由時間があるということを認識した。

「ダルい時間」と同じだけ「自分の時間」が存在する

普段「仕事だる」とか「学校だる」とか、言ったり思ったりしながら生活していませんか?

ぼくはよく思います。

その定時間は大体7~8H程ですよね。

生活のために必要な時間は、必ず同じような時間が発生しますよね。
食べるとか寝るとか風呂とか。

そこを無くすと「仕事・勉強」の時間と「自分の時間」なわけです。

ダルいなりに生活のために過ごす時間が毎日ある。
しかしコレと同じだけ、自分の時間が存在することを目の当たりにした。

「ダルっ」と思っている勤労・勤勉の時間、「この時間、自分時間として使えたらいいのに」と思ったりしていませんか?

でもその時間分、自分の時間は1日の中で存在するんです。

この時間を自分のための「ナニカ」に充てられたらどうなるのか。

余命はわずかだ

人生が100年と仮定したときの、残り時間を提示してくれていました。

0~20歳と70~100歳を、人の助けを得て生きる時間と仮定した場合です。

項目 時間(H)
人生100年の時間 87万6000
0~20歳 17万5200
70~100歳 27万2000
睡眠時間(8Hとする) 29万2000
残り(睡眠時間除く) 11万6800

この残り時間「11万6800時間」は、

4867日

年数にして

13年4ヶ月

100年のに人生の中で、「13年4ヶ月」という時間しかない。

この試算では「20歳まで」を除外していますが、20歳を超えている方もいるでしょう。

ぼくはもう30歳になりました。
なのでこの計算より10年分、残り時間が短いわけです。

「自分の時間」にフォーカスして見ると、

ぼくの余命は、もう10数年しかない。

驚愕の事実を知りました

当たり前と思い、考えることを遠ざけていた。
考えることすらしていなかったことでした。

かといって、「何をしよう」を考えついたわけでもありません。

でも、少し今日という日が、昨日より大切になりました。

「これからの自分」を考えるための、よいお話を聞けたことを感謝します。